連載Road Novel(思い出すままの旅行記)ぼくらが旅に出る理由
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バルセロナのクリスマス編 変なロンドン編 ピーターラビット編
東海岸編「I'm Japanese in NEW YORK」
89年のアメリカ単独横断の入り口がニューヨーク、翌年はNYだけに10日間行って参りました。
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最初のニューヨーク、つまりJFK空港です。結構夜遅いのに人が一杯。ここの入管のおじさんは陽気な人だった。「へー学生だったこともあるの〜」(その前回は学生ビザ)「で、どこいくのー、ふんふんそりゃめっちゃビジーだねー」<てな感じ(笑) |
| グランド・セントラル・ステーション。一見綺麗なこの中心部を離れるとホームレス居住区。特にトイレは危険だそうです。そういうところを平気な顔で毎日通勤するNYの人々。トーキョーはまだそこまで行ってないけどでもやっぱり都会に住むにはどこか麻痺させないとやってけないっすね。 |
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 | 20年記念とでも言いましょうか。ジョン・レノン最期の地、ダコタハウス前。写真がでてこないんですが赤い薔薇が一本供えられていたときもあった。最後の言葉は「help! I've been shot!」だったそうです。(20年前の記憶故に細部間違ってたらごめんなさい)
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| 車の窓から失礼します。店のたたずまいが好きで写真を撮ったハーレムのデリ。 |
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 | こちらも窓から失礼。(エチケット違反なのだがおろしてくれないし(泣))ケンタッキーのパチもん「カンザス・フライド・チキン」です。エスニックコミュニティにお邪魔するときは観光客の立場を離れないようにミニツアーに参加がモットーなんですが、一度いつも判らない(英語なので)説明が余計に判らない、と思ったら、フランス人団体のためにフランス語で説明してましたよ(泣)あの、ここに日本人がいるんですが。
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| 観光客が立ち入って問題ないのは観光化もされてる125.st。この時は土地の人とツアーの打ち合わせが事前にあった写真タイムでした。そいえば帰りのタクシーのDannyお兄ちゃんはハーレム在住だったけどツアーで行ったというのも距離が遠くなる、でも距離が遠いのは仕方ない、とどう話すやら悩んだ気がするなぁ。とりあえず途中でコーヒー買いに行ったDannyに自分の分も頼んでついでにおごっちゃえばよかったなと未だ気にかかってます。NYの早朝って寒いし。私もコーヒーのみたかったし。 |
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 | ボストンに移動しました。JFK&RFKライブラリーです。(弟は影が薄いんですが)私が生まれて初めて好きになった有名人は実はJFK(笑)(もちろんリアルタイムじゃないです。保育園の頃。うちに伝記とかは山ほどあったので。)マセガキですねえ。何をやってたとかはもちろん判ってませんでした。いまは複雑な感情を抱いておりますが、この写真を見るとアメリカ人のJFKへの感情が判るような気がします。あと、ホワイトハウスの肖像画も、一人だけうつむいて何か考えてる風なんですよ。それにしてもケネディ家って不運。
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| ボストンの飛行場に着いたのは早朝で、お店も何も開いてないのでこのモビール見て時間つぶしました。この後が大陸横断飛行機。サンフランシスコまでシカゴで乗り換えを経て13,、、時間だっけ? |
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 | 最後にNYのおめでたいやつを。ワシントン就任100周年に当たったので大規模なパレードがありました。この程度じゃなく色々と笑わせてくれたんですが、、、一番受けたのは馬で行進する人がいるのでフン拾いの人がいるんですけど彼らが集団でパレードの一部で行進してた(笑)アメリカの全部が好きなワケじゃないけれど、こう言うのを見ると、あー、そのバカさ加減がやっぱり好きだよ〜、と思うわけです。
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